歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/01 (Sun) 13:50:29
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11月24日、米村さんの歌声喫茶が石巻市あゆみ野の新西前沼第一復興住宅集会所で開催されました。
写真は開始前の光景です。よもやま話で、どんなことを話していたかというと
--私どもの地元関西でも、口をしっかり動かさんと元気になれへんで、と
--なんでや
--口しっかり動かさんと、ご飯食べられまへんやろ、ということで。そうなんです。
--今日終わったときにおなかが減ってへんということは真剣に歌ってへんということになりますから、ぜひぜひ。
--しっかり、声出して歌っていただくとおなかが減るようになってますから。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/01 (Sun) 14:31:34
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最初にアコーディオンの話がありました。米村さんは以前サラリーマンをなさっていてアコーディオンを始めたのは55歳からとのこと。驚きました。
最初の歌は財津和夫さん作詞作曲の「切手のないおくりもの」です。
私からあなたへ この歌を届けよう
広い世界に たった一人の
私の好きなあなたへ
愛情にあふれた、とっても素敵な歌です。
二曲目は「ラジオ体操の歌」
朝一番に、この元気印の歌を歌えば、一日元気に過ごせそうです。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/01 (Sun) 15:25:20
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次はお口の体操です。
「雀の学校」を歌って、ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ、の発声練習です。口を閉じる練習として、ま、み、む、め、も、の発声もしました。
「おもちゃのマーチ」で、ら、り、る、れ、ろ、の練習です。た、ち、つ、て、と、も練習しました。
--これはね、みなさん大事なこと、みなさん方ご高齢でいらっしゃるでしょ
--(一同沈黙)
--いやいや、「うん」と言われへんところはええのよ、私も受け入れられへんのやから。(笑い)
--みなさん、今「私高齢者違うわい」思てはるやろ。鏡見なはれ(笑い)....いやいや、あのね、高齢になってくると舌の動きがだんだん鈍くなるんです。何が問題化というと誤嚥。
まだ、みなさん大丈夫。お顔に皺ないから。よう、しゃべりはるやろ。口をしっかり動かすということは大丈夫、元気ということ、筋肉がしっかりしてるから。お顔の筋肉は大丈夫、たぶん、今使ってないところは全部下がっていると思う。(笑い)
お口をしっかり動かすことが大事です。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/01 (Sun) 15:54:50
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懐かしの昭和歌謡から、ということでまず「山小屋の灯」を歌いました。
--ご主人全部憶えてはるね。すごいね。
米村さんのすぐ近くに目の不自由な方がいます。歌集を見ずに全部歌い切りました。
--私たちがキラキラ輝いていた世代の歌を歌うということはね、私たち自身が若返るんです。周りはどうでもええんですよ。周りを気にする歳ではなくなってきたというよりもね。若い方もね、若干名、どなたが若いかは...
--みんな若いね。
--そう、みんな若い。
--気持ちの上では、若さは大事です。でも、体が年取っているということだけは理解しておこうね(笑い)。でないと、怪我するから。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/01 (Sun) 17:29:35
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「憧れのハワイ航路」「月がとっても青いから」と続きます。
--大好きなんですか、この歌。気持ちよさそうに歌うてはったわ。
--昔ね、会社にいたとき思い出したのよ、月がとっても青いからってね。
--ほらー、歌を歌うと、昔自分が一番輝いていた時の時代の歌が、気持ちをそうさせるのね。
「丘を越えて」「ミネソタの卵売り」
--先月、熊本に行ってきたんです。小学校5年生の子がずっと私たちのボランティア活動を手伝ってくれてたんだけど、平日でも手伝ってくれるから「何でー」って聞いたの。「こんなボランティア活動のきっかけってそうそうあるもんやない、手伝いたいから学校休ませてください」いうて先生に言うたんやて、校長先生が許可して下さった。ただね「許可するけれども、みなさんに報告しましょう。だから、レポートとして出しましょう。それも勉強やから」「わかりました」ということで、毎回活動が終わるたびにレポートを書いて学校にも出すし、私にも送ってくれるんだけど、その彼女、この歌一回聞いたら覚えとった。
「この歌好きになりました」「何でですか」
「歌詞が面白いです。一番の最後の「卵に黄身と白身がなけりゃお代はいらない」こんな卵ってあるのかしら、それが歌になるから面白い」
歌詞しっかり聞き取れる歌やから、思い出してこの歌、憶えてはる?
--覚えてます
--いやあ、よかったあ
コッコッコッコッ コケッコ
コッコッコッコッ コケッコ
私はミネソタの 卵売り
町中で一番の人気者
つやつや生みたて 買わないか
卵に黄身と白身がなけりゃ お代は要らない
コッコッコッコッコッ コケッコ
筆者が子どもの頃に流行った歌です。そのあとずっと聞いていませんでしたが、見事に思い出し、歌えました。よっぽど印象が強かったんでしょうね。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/01 (Sun) 20:48:42
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「リンゴの唄」「故郷の空」「旅愁」「紅葉」「里の秋」と歌いました。
--「里の秋」は、秋にはなくてはならない歌の一つですが、不思議と思いませんか、この歌。一番と二番には栗が出てくんですが、突然、三番にヤシの実が出てくる。びっくりしませんか、ほんまに。
実はこの歌、里の秋という秋の歌になっているんですが、この歌が初めて世に出たのは昭和20年の12月24日。南方に出征していた兵隊さんが、初めて横須賀に戻ってきたのが、この日だったんです。この外地から引き揚げてくる兵隊さんを迎えましょうということでNHKが特別番組「外地引き上げ同胞激励の午後」という番組を作った、そのときのテーマソングだったんです。
ところが、この歌は非常によかったということで、後々「復員だより」という今日は金澤、今日は長崎、佐世保に第何連隊の兵隊さんが戻ってきますよ、という「復員だより」があって、その都度お母さん方がお迎えに行った。そこでできたのが「岸壁の母」みたいな歌だった。そういう歴史が隠されていますよ。平和ってありがたいですね、ということですね。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/02 (Mon) 23:17:46
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「案山子」「荒城の月」と続きます。どの城が「荒城の月」のモデルかが話題になりました。
--会津若松の鶴ヶ城
--小さいころから、青葉城と思っていましたよ。土井晩翠の故郷
--仙台だから
--関西ではね、会津若松の鶴ヶ城
--青葉城址に碑があるから出身がこっちなんで
--青葉城に土井晩翠の碑がある、それで青葉城かなー、と
--戊辰戦争の時に白虎隊で有名なので全国的にはそっちのほうがメジャーなんだよ
--ああ、そうなの
議論は尽きないようですが、作詞者の想定した城と、作曲者の想定した城は同じではなかったようです。作詞者土井晩翠の想定した城はどこだろうかと考えてみます。
大規模な攻城戦としては、例えば大坂冬の陣・夏の陣があります。近代では慶應4年秋、戊辰戦争での会津若松鶴ヶ城の攻城戦があります。いずれも守備側が大敗して滅亡しています。筆者は鶴ヶ城再建前の、明治政府軍の大砲に撃たれて(2500発の砲弾を浴びたそうです)崩れ落ちる寸前のような鶴ヶ城の写真を見たことがあります。まさに荒城ここに極まれりという姿でした。青葉城には、このような激しい攻城戦はなかったと思います。歌の二番に「植うる剣に照りそいし」という歌詞がありますが、昔の武士は狭い地域での白兵戦が予想される場合、つまり多くは攻城戦の守備方だと思われますが、戦闘が行われるであろう場所にあらかじめ抜身の刀を何本も突き立てておく、と何かの本で読んだ覚えがあります。人を二、三人斬ると脂が刃について切れ味が悪くなるので、あらかじめ大地に植えておいた刀を次々に地面から引き抜いて戦ったのだと。こんなに激しい戦があったのは戊辰戦争の会津ですから、真偽は別にしても多くの人たちが、土井晩翠が鶴ヶ城を念頭においてこの詞を書いたと思うのも当然であろうかと思われます。会津藩の兵士は旧態依然とした戦法をとったようですから新政府軍の新型銃の前にはひとたまりもありませんでした。土井晩翠はこのような会津の兵士に同情もし、古きよき日本へのノスタルジアもこめて、惜別の辞としてこの詞を書いたのでしょう。大げさに言えば、この歌で日本は古い日本(江戸時代の幕藩体制)に別れを告げて、西欧化への道に踏み込んでいったのではないでしょうか。
写真は取り壊される前の、戊辰戦争を戦った會津藩鶴ヶ城です。明治5年に撮影された写真とありました。鶴ヶ城に行ったとき掲示されていた写真を撮影しました。(城の隣にボーっと人影が写っているのは私と並んでこの写真に見入っていた人が写ってしまったようです)。今はこの写真でしか見られませんが、土井晩翠はこの荒廃した鶴ヶ城の実物を見ていると思います。戦争が終わったとき、この城の中がいかに惨たらしい状態だったかは『會津戊辰戰史』の中に記録されています。国会図書館のデジタルコレクションの中で読めます。江戸城無血開城にならうべきでした。戦争など、してはならないのです。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/03 (Tue) 20:41:11
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「荒城の月」が終わって、コーヒーのお代わりタイムになりました。米村さんのアコーディオンは、「オーシャンゼリゼ」「パリの空の下セーヌは流れる」等のシャンソンから、「お富さん」「斉太郎節」を演奏するとみなさんが「遠島甚句」を歌いました。
米村さんの話です。
--阪神淡路大震災のときにね、みなさん、近所のお付き合いがいかに大切かはわかっているんだけど、神戸も25年経つとね、その辺の意識が薄くなってきているのね。復興住宅に移られても、最初の頃はああしましょう、こうしましょうとやったんだけど、やっぱり世話役の方が大変なのかなあ、同じような状況ですわ。だけど、何かあったときに強いのは、こちらの方は一緒に歌える歌があるじゃない、神戸にはないから。神戸で私アコーディオン持って復興住宅ずうっと回っていたんです。十数年回ってました。2015年まで回ってましたから、震災から20年近くね。歌歌ったらまとまるな、というかそこから会話が生まれるんですよ。だから、ぜひぜひ、続けて欲しいですね。馬が合う、合わへんはあるんでしょうけど、最後は歌で締めていただいたら。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/03 (Tue) 21:03:28
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--みなさん、いろんなつらい思いされてきたと思うんですが、前にも言うたと思うんですが、みなさん必ず朝目が覚めて、目が覚めますやろ、すぐ起きんと、お天道さんに向かって手を合わせて一言「おおきに、目が覚めました」。感謝の気持ちで目が覚めたら一日楽しいから。
「こん畜生、またあのおっさんの朝ごはん作ったらなあかんのかい」思うたら面白ないやん。(笑い)
やっぱりね、「ありがとう」ということばで起きると一日楽しいです。今日、私が来れたのも皆さんに会えたのも、みんな生きているいうこっちゃから「有難や節」知ってますか。
次に、「青春時代」を歌いたいという人がいて、みんなで歌いました。懐かしい青春時代があったんでしょうね。
Re: 歌声喫茶・新西前沼第一復興住宅集会所2019.11.24午前 - 市民の会 .
2019/12/03 (Tue) 21:52:49
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最後に「ああ人生に涙あり」の3番を歌いました。
--私ね、これで最後になると思うんですが、いえいえ、あっち行くんと違います。
--どこへ行くんですか
--もう、石巻には14回ほど、震災直後11月から寄せていただきました。みなさん、もう復興住宅のほうに落ち着かれたということなんで、私のところも、ここに名前書いてあるんですが、こういう方々からご寄付をいただいていて、旅費にして私たちも来ているんです。が、もう8年、9年目、復興住宅に移られたということで、そろそろ地元の人たちにバトンタッチして、きっかけだけは作らせていただいたということで、これで最後にしようかなと思うています。
神戸もそうだったんですが、コミュニティづくり、これ大事でございます。しんどいんですが、どうぞ、さっきの話、「きょういく」と「きょうよう」、今日の用事と今日行くところを見つけてぜひ盛り上げていただきたい。「隣り合わせの力合わせ」がいかに大事かということ、みなさん方ようわかっているわけですから、話し合いながら、どうぞどうぞお元気でお過ごしください。お世話になりました。ありがとうございました。
--(一同)ありがとうございました。(拍手)
これで新西前沼第一復興住宅集会所での歌声喫茶は終了しました。
集まって下さった皆様、草島さんをはじめとする自治会の皆様、あかとんぼの米村さんご夫妻、ありがとうございました。神戸の皆様、ご支援ありがとうございました。